先週の日曜日(2021年4月4日)はイースターでした。十字架に掛けられて受難に遭ったイエス・キリストが、三日後に復活したことを記念する日です。キリスト教では、イエスの生誕を祝うクリスマスに次ぐ重要な儀式とされています。現代のイギリスでは、キリスト教の教会に日常的に通う信者の数は人口のおよそ10パーセントほどと言われていて、そう高くない割合です。また、イギリスは様々な人種や文化、国籍の人々が住んでいる多民族国家ですので、ユダヤ教やイスラム教、あるいはヒンズー教やシーク教の信者も大勢います。もちろん、無神論者も。
それでもエリザベス女王は英国国教会の長ですし、イギリスの長い歴史という観点から言えば、他のヨーロッパ諸国と同様にキリスト教の国と言えましょう。レオナルド・ダ・ビンチの絵画でも知られる『最後の晩餐』が行われたのが木曜日の夜。そして、イエスが磔にされたという聖金曜日(Good Friday)から、復活祭の日曜日(Easter Day)を経て、振替休日の月曜日(Easter Monday)までが祝日となります。キリスト教信者であってもなくても、春の到来を家族で集って祝う特別な週です。
このイースター休暇、毎年日付が異なります。もっと正確に言うと、春分の日の後、最初の満月の日が来るのを待ち、その後の最初の日曜日がイースターとなるのです。これは、キリスト教の前身となるユダヤ教で、太陰暦を用いていたことに由来すると言われています。月の満ち欠けには29.5日掛かるため、イースターが春分の日の直後に訪れる場合と、さらに4週間近くかかる場合とで、かなり開きがあります。したがって、学校や高等教育では、この先5年間程のイースター休暇を、前もって計算した上でカリキュラムに組み込んでいます。そして社会人も、イースターの祝日4日間を含めた前後1,2週間に春休みを取ることが、習慣となっています。
前置きが長くなりましたが、2021年のイースターは休暇後に大学生や勤労者が学業や仕事に戻る月曜日の4月12日が、Covid-19による第三次ロックダウン(都市封鎖)終了の日となります。言い換えると、食糧品を販売するスーパー以外のお店、つまり服飾雑貨店やデパート、美容院などが、クリスマス後はじめて営業再開する日です。国を挙げてのロックダウンのため、ショッピング街では3ヶ月半以上も(オンライン販売を除く)店頭での営業が停止となり、会社勤めの人たちも家からコンピューターとにらめっこで働き続けた、長い長い冬でした。
3月8日に小学校から高校までの登校が再開されるまで、子供たちも自宅学習を続けていました。仕事と子供の学習サポートを両立した勤労者には、辛抱が必要な時期でしたが、その甲斐あって現在、英国のコロナ感染率はかなり低くなりました。一日の死者数が最多値を記録した2021年1月20日の1823人に対し、昨日、4月9日の死者数は60人。(それでも同日の日本の33人という死者数に比べると多いのですが…。)ワクチン接種計画も順調に進み、4月9日時点のイギリス政府の発表によると、人口6,788万人のうち3,190万人と、英国民の約半数が第一回目のワクチン接種を受けました。さらに、12週の間隔をあける第二回目のワクチン接種も、654万人が完了。春の温かい気候と日中時間が長くなるサマータイム導入のお蔭もあって、国中に楽観ムードが漂っています。
さて、4月12日のロックダウン解禁を前に、明日(11日)はジョンソン首相の記者会見が行われる見込みです。ヨーロッパでは3月末にコロナ第三波が到来したとも言われ、ポーランドやロシアなどでは、まだ高い死者数を記録しているようです。イギリスは国境警備を固めることで、コロナウィルスの度重なる流入と感染拡大を防ぐために、慎重な政策を進めていくであろうと予測されています。例によって、イングランドとウェールズ、スコットランド、そして北アイルランドでは、各地の被害状況などに違いがあり規制も多少異なりますので、全体の84パーセントを占める人口が住むイングランドの例で、第三次ロックダウンを振り返ってみたいと思います。
~クリスマスから~
不要不急の移動禁止 (Stay at Home)
病院や郵便局などに勤めるEssential Workers以外は自宅待機 (Working from Home)
国民は一日一回の運動のみ、個人で行うことが許される
スーパーなどの買い物もなるべく一人で
病院は電話での診察が基本。通院あるいは入院する場合は予約制で、本人のみ病院内に立ち入ることが許される(家族は付き添いができない)
~3月8日から~
小学校から高校までの対面授業の再開
高等教育(大学)の場合も、自宅から大学構内へと戻ることができる。しかし、授業はオンラインで続ける
国民は娯楽目的の外出を許される。具体的には、1対1で(あるいは同居する家族と)芝生の上や屋外のベンチに腰かけて語らうなどの行為が許される
しかし、基本は家に留まること(Stay at Home)
~3月29日から~
6人もしくは2家族まで、屋外で会うことが許される
テニスやサッカー、バスケットボールなど複数人で行う屋外の運動が許される
葬儀では30人まで集まることができる(歌唱は禁止。ハミングならよい)
しかし、居住する地域に留まること(Stay Local)
~4月12日から(現段階での予測)~
no essential retail すなわち、美容院や服飾雑貨店などが店頭での営業を再開できる
図書館や地域の会館などが、訪問者を迎え入れられる
動物園や、ドライブ・インの映画館など屋外の娯楽施設も再開
ジムでは、個人のトレーニングのみできるが、クラスは禁止
パブや喫茶店、レストランなどは、屋外での販売のみ再開できる
結婚式に15人まで参列できる
しかし、居住する地域に留まること(Stay Local)
国外に出てはならない
という訳で、イギリスの第三次ロックダウンは、昨年春の第一次ロックダウン(16/3/2020 - 3/7/2020) に準じて長期戦となり、また法律による罰則を伴った厳しいものであったことが、改めて分かります。公共の場における室内(スーパーやバスなど)でマスクを着用する法律は、これからも続く予定です。また、個人の家であっても、一度に会っていいのはSupport Bubbleとよばれる家族や友人(同居していない独り者の息子や娘が、両親の家を訪問するなど)のみで、他は屋外で会うことを義務付けられます。海外への渡航も制限されており、必要不可欠の場合には、事前に書類に記入して英政府に提出する必要があります。
この一年間を振り返って思う事。
日本ももちろんCovid-19のダメージは大きく、疫病が発祥した隣国中国との関係から、昨年の1月から5月頃まで、国民は特に緊張を強いられたと思います。しかし、コロナで亡くなった死者数の総計が2021年4月9日現在、日本は9,334人であるのに対し、人口がほぼ半分であるイギリスの場合12万7,040人となっています(参考)。これは、第二次世界大戦で犠牲者となったイギリス一般市民の数である7万人弱に対して、倍に近い数です。つまり、戦後75年余りを経て、イギリスは過去最大の危機を経験したということになります。
この事実を踏まえてかどうか、何だかんだと文句を言いながらも、イギリス国民は政府のいう事をよく聞きました。極端な話、人情よりも法に従ったという言い方もできます。なにしろ戦時中と変わらぬ非常事態であった訳ですから、まずは自分の身と家族の身を守る必要がありました。具体的に言えば、普段だったら問題とならない距離に住んでいる友人でも、コロナの期間は会えなくなります。もちろん電話やZoomなどコミュニケーションの手段はありますが、高齢者や病人のために買い物に行ってあげたり病院に付き添ってあげる、なども(夏の2か月を除き)この1年間、許されませんでした。今でこそ、葬儀に30人参列してよいところまで規制が緩和されましたが、今年の1-2月に亡くなった方々は、最期のお別れに付き添えたのも1人だけ。
もっともイギリス政府は、Covid-19の初期にはマスク着用によるコロナ感染防止の効用に懐疑的で、着用が法制化されたのは6月末。夏から秋口にかけては経済活性化を優先して、レストランでの外食を推進したり('Eat Out Help Out' scheme)、またイギリスから海外へ、あるいは海外からイギリスへの渡航を、比較的自由にさせておいたり、コロナ感染の拡大した直接的な責任があるのではないかと私は思います。一方で、恒例となったジョンソン首相のスピーチは政府の見解を明快に説明し、聴衆に訴える力がありました。国民が首相声明に熱心に聴き入る姿というのは、日本では余り期待できず、ディベート(討論会)などに力を入れる英語圏の教育の賜物といえそうです。
また、ジョンソン首相のリーダシップは、ワクチン開発を自国で行ったり、世界に先駆けて承認したり、EUとの駆け引きでは優位に立って在庫を確保するなど、あらゆる面で発揮されました。クリスマス商戦に「てこ入れ」するために、昨年11月の第二次ロックダウンを短期間で解除してしまった反省から、今回のロックダウンは厳しく続けるつもりであることを、ジョンソン首相は宣言していました。野党よりも、むしろ身内の保守党議員から、そんなことされては経済と教育に大きな打撃を与えると、反発が大きかったものの断固として譲らず。しかし、時が経過すると共に、諸外国に比べてイギリスがコロナの封じ込めに成功しつつあることは、国民の目から見ても明らかでした。ジョンソン首相に舵取りを任せよう、という国民からの信頼が強い追い風となったようです。
とはいえ、今後、Covid-19に由来する税金値上げや、ワクチン接種をパスポートに記して渡航の条件にするべきかなど、問題は山積みです。今後も、健康と安全に気をつけながら、コロナ時代に国力を盛り返しつつあるイギリスの行く末を、注意深く見守っていきたいと思います。
Comments