2021年1月5日にイングランドの第三次ロックダウン(都市封鎖)が始まってから、2週間が経ちました。先にブログ記事を書いた時点では、出口がまったく見えない状況でしたが、ここ数日、ワクチン接種のスピードが急ピッチで加速され、当初、予測されていた2月22日までという期日が、現実味を帯びてきました。ロックダウンを続けることで、経済活動が厳しく制限されるため、早く解除するように。さもなければ首相の座が危ういですよ、という英国保守党、つまり身内政党員たちからの圧力が掛かり、ジョンソン首相も正念場を迎えています。
ロックダウンの解除、あるいは制限を徐々に緩めていく政策に移行するには、感染者数と死者数が明らかに減少傾向にあることが第一条件となります。これには、都市封鎖の効果とワクチン接種率の上昇を待たなければいけません。ジョンソン首相に圧力を掛けている勢力は、前テリーサ・メイ首相の内閣で働き、現体制になってからは不遇の立場にある陣営。しっぺ返しの好機を待っている議員たちが、ジョンソン首相の政策を批判する野党の声に加勢しています。コロナ政策で厳しい状況にあるのは、ジョンソン首相のみならず、フランスのマクロン首相など各国の首脳も同様のようですが、さて、ジョンソン首相、持ちこたえられるでしょうか。
1)ロックダウンの効果
まず、ロックダウンの効果を考えてみたいと思います。英国(イギリス)では、昨年3月にコロナ騒ぎが始まって以来、スコットランド、ウェールズ、そして北アイルランドが、イングランドとは被害状況が異なるという理由で、それぞれの地域(国)で独自の政策を取ってきました。ジョンソン首相はこれら4地域の連合国である英国の首相であり、国の総人口の84%が住むイングランドの首相でもあります。したがって、コロナをめぐる英国の政策はロンドンやマンチェスター、バーミンガムなどの大都市を抱えるイングランドで、そのまま適用されます。一方、独自体制を保ちたいスコットランドは、ジョンソン首相の声明ごとに、スコットランドの方針を首相のニコラ・スタージェン氏が発表してきました。
大まかに言えば、経済活動を優先させるイングランドに対し、他の3地域では安全重視のため慎重な政策を取って来たという違いがあります。現在、全地域を含めた英国全体がロックダウン下にありますが、イングランドの例では、主に次の規制があります。
・医療機関や食料品を扱うスーパー、郵便や銀行などの公的機関などに勤める者を除いて、原則、家から働くこと。
・外出禁止。1日1回の運動のみ許される。
・学校を閉鎖し、教育活動はオンラインなどを通して続ける。
これらは、昨年3月から6月にかけて行われた第一次ロックダウンに準じ、かなり厳しい規制です。国を挙げて徹底して行えば効果が出るはずですが、2021年1月17日時点での感染被害状況はどうでしょうか。まず一日の感染者数ですが3万8千598人、死者数が671人ということで、多少なりとも減少傾向にあるようです。しかし、期待したほど数値が下がっていないのも事実です。これには、マスクの使用が徹底していない点と、コロナウィルスに対処した(Covid-19 Safe)環境づくりへの対応が不十分な学校や会社がある点が挙げられます。これらの詳細に関しては後日、改めて書くことにして、ここではロックダウン効果の軽減という点に絞って簡単に記してみたいと思います。
まず、基本的には皆Stay at Home(外出禁止)ですが、今回のロックダウンでは、1日1回のみ許される運動に時間制限がありません。第一次ロックダウンでは、1時間までという規則があったので、例えば散歩であれば、片道30分歩いて行ける距離が限度でした。しかし、スポーツ選手などは十分な練習ができず、自宅で筋トレなどを続けることになったのです。今回は、1日1回という点を守れば何時間でもいいので、一般人が外で友人と長時間会う口実になっています。屋外ではマスクをする義務がなく、公園には冬にもかかわらず大勢の人たちが押し寄せていますので、感染ルートの一つである可能性があります。
次に、学校は閉じるという規則ですが、これも但し書きがあって、医療スタッフや食料品を扱うスーパー、公的機関などに勤める者の子供たちは、通常通り登校することができます。ところが、もう一つの原則、Working from Home(可能な限り自宅から働く)が第一次ロックダウン時と比べて徹底していないために、状況を難しくしています。自宅から働くことができればいいのですが、百貨店や飲食店、スポーツジムなど、結果的に「自宅待機」となる職種に就いている方がたくさんいます。その際の、国の保証が第一次ロックダウン時に比べて少ないのです。罰則があるため、これらの店の経営者は法律を順守しているようですが、前回は閉じていたのに今回は開いている会社が増えています。大学なども授業はオンラインで行われていますが、図書館やオフィスが開いています。したがって、教職員の子供たちは学校に通うことができます。ロックダウンにもかかわらず、登校率が50%に至る地域もあるようで、互いに距離を空けるSocial Distancingが構内で不可能となり、コロナ感染の原因になっています。
さすがにこれではいけないと、ジョンソン首相は、ロックダウン効果が表れないようであれば規則を厳しくする可能性があると警告し、国民に協力を呼び掛けました。これに応えて、大手スーパーなども対策を立てています。例えば、英国で最大手のスーパーTescoでは、いくつか新しい規則を作りました。
・これまで来店する購買客の自主性に任せてきたマスク着用に関して、今後は厳しくチェックする。
・家族連れでの買い物を禁止し、一名での来店を原則とする。
・店内の購買客の数を規制するため、入店するには別の客一人が店を出るまで待つ。
他にも細かいルールを決め、職員と来店中の客とのコロナ感染を徹底的に防ぐ意気込みです。
2)ワクチン接種率の上昇
さて、もう一つの重要課題であるワクチン接種について考えてみます。1月17日までに、イングランド域内に住む80歳以上の者すべてが、第一回目のワクチン接種を受けました。そして、今日、18日からは70歳以上のすべての人が接種を受けられる第二段階に入りました。 新年を迎えた頃には、まだ混とんとしているように見えたワクチン接種計画が、ここへ来て加速し、内外から大きな反響があるようです。その背景には、複雑に絡んだ英国のEU離脱問題があります。
英国は2020年12月31日、EU諸国との貿易協定などの最終調整を経て、EU圏からの離脱を完成させました。さて、何が変わったのでしょうか。ごく簡単な例を挙げると、英国のトラック運転手がオランダに入国する時に、お手製のサンドイッチを税関で取り上げられた事件がありました。EU圏内には肉類と乳製品の持ち込みが許可されていないため、問題となったのです。その際、審査官が皮肉を込めて'Welcome to Brexit!'と言った映像が、これまで普通に行われてきたことが今後は通用しない例として、マスメディアで広く取り上げられました。
では、英国のEU離脱とワクチン接種には、どのような関係があるのでしょうか。2020年12月2日、英国は世界に先駆けて、コロナウィルス・ワクチンの一般人への接種を承認した国となりました。ワクチンの開発と確保は、コロナ時代にあって安全を確保するための人類の最重要課題であり、また各国の威信を掛けた熾烈な競争でもあります。被害者を多数出してしまった英国にとっては、国力を示す名誉挽回のチャンスです。世界ではじめて、自国ワクチンの開発(オックスフォード大)とワクチンの承認(米ファイザー製。オックスフォード製の承認は12月30日)を成し遂げ、自信を取り戻しました。さらに、EUから離脱した今、英国はこの大成果をEU諸国と共有する義務がないわけです。
そもそも、ジョンソン首相は就任以前からEU離脱を先導してきた立役者です。しかし、EU離脱には、2016年に国民総選挙が行われた当初から、賛否両論があることが周知の事実です。ジョンソン首相の支持者にとっては、2021年は英国がEUと袂を分かち、自由を取り戻した勝利の年となりますが、離脱に反対であった陣営は、悲観的な未来を予測しています。イングランドとはライバル関係にあるスコットランドなどは、英国から独立し、EUへ再加入する道を模索しています。スコットランドのニコラ・スタージェン首相は、大晦日にツイッターで、'Scotland will be back soon, Europe'と、ラブコールを送りました。
そんな分裂の動きを見逃すことはできません。ジョンソン首相は、スタージェン首相の率いるスコットランド国民党に加勢すれば、ワクチンは配分しないぞ、と噛みつきました。つまり、英国がワクチンの開発や承認に早々に成功したのは、国民の大多数が住むイングランドの経済力や、科学分野における先端技術の国際的なレベルが高いためです。もちろん、スコットランドが加わることで、労働力や資本力なども上がるわけですが、一方で、スコットランドはコロナ感染の被害者を、イングランドよりはるかに高い割合で出して来ました。スコットランドが、これ以上のコロナ感染に歯止めを掛けられるかどうかは、連合王国である「英国」の国力次第。EUが助けてくれるわけではありません。
事実、EUでは域内におけるワクチンの確保や接種のスピードの点で、英国に後れを取っています。また、EU圏内の国々は同等に扱われる必要があるため、ワクチンの接種順序やスピードなども、他国と同じように進まなければ、各国間での不満や軋轢の原因になります。こちらのワクチン接種の進み具合を示す国別データからも分かるように、総人口に対する割合で英国はヨーロッパで先頭に立ち、比べてフランスは英国の10分の1の割合しか接種が行われていません。ところが、アラブ首長国連邦やバーレーンなど、豊かな石油産出国がかなりの割合で接種を進めていることからも、現段階では、国の資本力がワクチン確保の進み具合に影響を与えていることは、間違いなさそうです。
まとめ
ジョンソン首相の政治生命をも左右しかねないコロナ問題。ウィルス感染率を抑えつつ、死者数も減らしていくには、一刻も早くロックダウンの効果を挙げて、ワクチン接種を進めることです。この2週間、政府は国民や雇用主にロックダウンの規則を遵守するよう協力を求め、ワクチン接種のスピードを加速してきました。結果、年明けには見えなかった希望の光が差してきたように思えます。現在、イングランドでは1分間に140人の急ピッチでワクチン接種が行われています。3月末までには50歳以上のすべての人、そして、9月までにすべての成人が接種を受けられる計画です。
このままワクチン計画が順調に進み、春になって天候が回復してくれば、自然と感染率が下がる可能性もあるのですが、ここへ来てジョンソン首相、賭けにでました。今日、1月18日からは、英国に入国するすべての人が、入国の72時間以内に受けたコロナウィルス感染検査で、陰性であったことを証明する必要があります。また、どの地域から旅行してきたかに関わらず、すべての人が14日間の自宅待機期間を義務付けられます。そして、コロナ変異種などが見つかっている地域からの入国は禁止となります。日本では、同様の規制が4月から行われているので、今ごろなぜ、と疑問にも思えます。英国では、これまで経済活動を優先するため、'Travel Corridor'(旅行回廊)を設け、コロナ感染率が低い国や地域、例えば日本などから入国する場合に、14日間の自宅待機期間を免除していました。しかし、今回の規制で例外がなくなります。
罰則規定の強化には、国内外の旅行者が自宅待機の義務を無視しても政府が黙認し、結果としてコロナウィルス感染率が上がってしまったことへの反省があります。しかし、決め手はEUから離脱したことだと、私は思います。日本と同じ島国の英国ですが、これまではヨーロッパとの繋がりから協調路線を強いられてきました。様々な国籍や民族の人々が暮らす英国。夏やクリスマスなどの旅行シーズンには、皆が里帰りしたり、ヨーロッパ圏内をあちこち旅行したりします。フランス、スペインやポルトガルなど、英国からの渡航客が多い国では、お互いの行き来を止めることは、経済的に打撃となり、国民感情的にもネガティヴな影響を与えてしまいます。しかし、英国がEUから離脱したことで、そうした遠慮が払しょくされました。自国は自分で守る、という国防の意味でも、この規制が設けられたことは重要です。EU圏内でのワクチン接種は未だにスローペース。対して、英国では一足先に安全を確保し、今後はコロナウィルスを国内に持ち込まない、という固い決意の表れでもあります。
このように、EUと一線を画してコロナ対策を主導してきたジョンソン首相。彼のかじ取りに、今後、英国が単独で世界と関り、いかに貢献していくことができるか、命運が掛かっています。オーストラリアやニュージーランドのように、人々が憂慮せずに過ごせる日がすぐ来るでしょうか。
17日、コロナウィルス予防接種を受けた80歳代の方に、お話を聞きました。ワクチン接種センターに着くと行列ができていて、同年代のご近所の人たちと再会ができたそうです。とても嬉しそうでした。昨年3月から、10か月間も自宅に引きこもりの生活を強いられ、ZoomやスマートフォンなどのIT技術とも無縁でいらっしゃる。世界から切り離された感覚は、どれだけ心理的に応えたことでしょうか。抗体ができるまでに3週間。そして、第2回目のワクチン接種が待っています。あともう少しの辛抱です。
もっとも、ワクチンにどの程度効き目があるのか、こればかりは未知数。しかし、通常の世界情勢に戻ることが、オリンピックを夏に控える日本にとっても不可欠であるため、とにかくうまくいって欲しいと願うばかりです。
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