イギリス(イングランド)の第三次ロックダウンが始まってから、一か月余り。都市封鎖の効果がようやく表れてきたようです。これまで国全体の人口6,810万人のうち、一日の感染者数が最大で6万8,053人(1月8日)、死者数では1,820人(1月20日)という、昨年4月、5月のロックダウン時をはるかに上回る数を記録していました。昨日、2021年2月9日の時点では、一日の感染者数が1万2,364人、死者数が1,052人と少しずつ減少傾向にあります。この間、医療従事者やスーパーマーケットに勤める者、郵便局や銀行などの公共機関に勤める者以外は、Stay at Home。食料品の買い出しと一日一回の運動以外は、自宅待機が続いています。
教育機関も幼稚園から大学まで、みな自宅学習。当初、学期の半ばにある休暇(Half Term)明けの2月22日が、ロックダウン終了の目安であると予想されていました。しかし、勤務先の大学では、その後もしばらく制限が続くことを見越して、Easter休み(3月21日から3週間)が明ける4月12日までは、すべての授業がオンラインで行われることを、すでに決定しています。今日は、この決定が大学の財政にとって打撃であるにもかかわらず、ワクチン接種をめぐる国のコロナ政策に、とにかく従うしかない状況である点を考えてみたいと思います。
1.コロナから安全を確保するキャンパスづくり(2020年6月末から12月末まで)
イギリスでは100校余りある殆どすべての大学が国立ですが、政府の補助金が大幅にカットされ、学生の授業料が上限9千ポンドまで引き上げられた2012年から、学生は「お客様」として丁重に扱うよう、企業努力が進められて来ました。(EU諸国外の学生の授業料は、さらに高くなります。)英語で言うところのCustomer Experience、つまり消費者側の視点から観て、なるべく質のよいサービスを提供するよう、教育現場が変わったのがこの頃です。そして、昨年3月からのロックダウンでは、学生が他の学生から隔離されて、オンラインのみで授業を進めていくことに、いろいろと問題点も伴いました。授業そのものの質疑応答の進め方が、コンピューターのスクリーン上ですと、互いの表情を読み解くことができずに難しい、ということもあります。また、授業後にクラスメートと一緒に復習をしたり、発表の準備をしたり、あるいは一緒に買い物や食事に行ったりなどの、学生生活を謳歌出来なくなったという点も残念です。同世代の友人との交流を絶たれたために受けた、学生の心理的なダメージというのは、小学校から大学まで共通のようです。
したがって、昨年の5月、ケンブリッジ大学が、2020年秋から2021年夏までの授業をすべてオンラインで行うと発表した際には、大反響がありました。当時、コロナ感染者が再び爆発的に増えるという予測は立っておらず、歴史的な建物と少人数制の授業で知られる名門大学が、構内での授業を一年間行わないと早々に決めたことを、世界中のメディアがこぞって報じました。たいてい、オックスフォード大やケンブリッジ大のような、国のトップ校が下した決断は、他大学にも影響を与えるものです。しかし、今回、他の大学は慎重でした。そもそも高額な大学授業料は、教授陣への給与のみならず、研究費や設備投資に必要だからです。EUからの離脱によって、科学技術に用いられる資金の一部をすでに失っています。一方、寮費や学食、構内の売店やスポーツジムなどの収益も、大事な大学経営の一部となるため、学生が戻って来てくれなければ、収支の採算がつかなくなってしまうのです。
というわけで、なんとしても学生をキャンパスに呼び戻すことが、大学の命運をかけた一大プロジェクトとなりました。大学のみならず、レストラン、百貨店、スポーツジム、あるいは銀行や図書館など、消費者と対面でサービスを行う業者に対して、政府は安全基準を設けました。基本的には、他の人から2メートルの距離が確保できること。顧客との間につい立てを設けること。消毒を徹底すること。マスク着用を義務付けること、換気をよくすること、などです。これらの対策は日本でも同様に行われてきたと思いますが、日本では個人や企業側が率先して安全対策を立ててきたのに対し、イギリスの場合、政府の決めた条件を満たすことができなければ、営業再開ができないという厳しいものでした。
では、Covid-19 free(コロナから身を守る)キャンパスづくりのために我々の大学が行ったことを、以下に挙げてみたいと思います。
コロナ検査とバブルの概念
・学生および職員は、帰省先からキャンパスに戻った際、コロナ検査を受ける。
その後、週に1回コロナ検査を受け続ける。
・コロナ検査で陽性となった場合は、2週間の自主隔離。
また、コロナ検査で陽性となった者と接触があった者も、2週間自主隔離する。
・国が導入したバブル(support bubble)という概念、つまり家族など常に接触がある者とそうでない者の区別をする。(例えば、寮の学生であれば、同じ階に住む7人程度は近くで接触してもいいが、それ以外の者からは距離を置く。職員の場合は、誰がどのトイレを使用していいか等を予め設定。バブル内でコロナ陽性者が出たら、全員すみやかに自宅待機。)
・疾病、疾患等のないものは全員、室内でマスク着用。
構内での距離の取り方
・構内を一方通行にする。階段を上り専用と下り線用に分ける。
・エレベーターは密室となるので、原則使用禁止。(使用した場合、その都度消毒する。)
・教室や図書館で着席時に他者から2メートルの間隔が取れるよう、座れる席と座れない席を色分けする。
・建物の入口と出口には消毒液が用意され、構内のいたるところにも消毒液と、消毒用の使い捨て紙タオルが用意される。机やパソコンなどは使う前に消毒。使い終わっても消毒。
・カフェや学食では持ち帰りのみ可能で、喚起のよい指定の場所に移って食事ができる。
・大学構内の電子レンジと給水ポイントは、衛生的に問題があるので使用禁止。
(構内で食べ物を購入しない場合は、自分でお弁当と魔法瓶を用意する。)
授業に関して
・講義を教室で行う場合、少人数に分けて行う。例えば、30人クラスであれば5~6人のグループに分ける。
・透明の衝立で、教員と学生側の間に仕切りを設ける。
・ディスカッションを伴う場合、2人までは対面でいいが、3人以上の場合はオンラインで行う。これは教職員の会議も同様。
図書館や学生課など
・構内に立ち入るには、事前の予約が必須である。これは、本を借りる場合も、座って勉強する場合も同じ。
・本を返したら、その本は72時間隔離の後、本棚に戻される。
・警備員の他に、学生の有志(Student Ambassador)が、構内を見回りして学生がCovid-19に関する安全の規律を遵守しているか確認する。
他にも、現金を使わずコンタクトレスのカード決済にする、などありますが、だいたい上に挙げたような感じです。そして、職員は、これらの決まりを遵守するという書面と、大学側がCovid-freeの環境づくりをしたうえで、通勤途中など、コロナ菌を完全に除去することができないことを承知する、とする書面にに署名をさせられます。(署名しなければ、キャンパスに戻れません。訴訟社会のため、責任の所在を明白にする必要があるのです。)
それにしても、これだけ徹底してやれば、(そして国を挙げて取り組んでいたのならば)秋からのコロナウィルスの活性化を防げたのでは?と思いたくなるのですが、苦戦しているのは世界各国も同じ。どうやらマスク着用と手洗い等の徹底や、他者との距離を取るなどの基本が遵守されていなかったり、職場や学校で感染した後、家に菌を持ち込んで家族にうつすなど悪循環があって、社会活動を続けている限り、根絶が極めて難しかったようです。
2.クリスマス休暇から現在(2月9日)まで
さて、コロナ検査はクリスマス休暇の直前まで続きました。帰省前に2度、陰性の結果が出なければ学生は移動できない、と政府が決めたのです。さらに、新年に入ってからもキャンパスに戻り次第、2週間の自宅待機が義務付けられ、再度のコロナ検査で陰性でなければ構内に立ち入ることができない、という決まりでした。
しかし、1月4日のジョンソン首相の声明で第三次ロックダウンに突入してしまったため、現在、イギリス全土で移動が禁止されています。したがって、ほとんどの学生がキャンパスに戻れず、帰省先から前期試験を受けたり、課題を出したり、オンライン学習が続いています。もっと具体的に言うと、2万人いる学生のうち、キャンパス周辺の寮に戻って来られたのは3千人強。(もっとも社会人の大学院生も含むので、大学の近隣地域に自宅がある者が相当数います。)残りは、イギリス国内および国外に待機中です。後期授業がはじまる2月はじめに学生が戻って来られれば、損失は1か月半位に抑えられたはずです。しかし、上記のように4月12日まで構内での授業がないと決まっているため、学生は戻る義務がありません。また、その時点でコロナ感染率が下がっている見通しも、まったく立っていません。
仮に、学生がキャンパスに夏まで戻れないとなると、1年間のうち寮で過ごしたのは昨年9月末から12月末までの3か月間のみ。学部生の場合は、寮で過ごす期間が9か月間ありますので、残り6か月分の寮費の返還を求めて集団で訴訟を起こす可能性があります。これは、どこの大学も同じでしょう。Customer Experience(学生時代の経験をよりよいものにする)の名目で、コロナから守るキャンパス造りに投資してきた大学側としては、大変な赤字を抱えることになります。もちろん、学生側の教育活動における経験を向上させるのが、本来の目的ですが、一刻も早く状況が改善して、学生に戻って来て欲しいというのが本音といえます。
3.ワクチン接種の加速と、今後の予測
さて、コロナ終息のためには、世界中で感染率が下がるまで待たなければいけません。オリンピック開催が今年の夏に延期された日本としても、大変に気掛かりなところです。とはいえ、世界中の専門家が一丸となって取り組んできたにもかかわらず、いまだに先が見えていない状況ですので、予測はプロに任せることにしましょう。ただ、コロナ時代を生きる観察者としては、昨年12月末にEUからの離脱で合意にこぎ着けたばかりのイギリスが、ワクチン接種で独自の政策を取っている点が興味深く、少し触れたいと思います。
前回、コロナワクチン接種に関するブログ記事を書いた際に、EUからの離脱を主導してきたジョンソン首相と、イギリスから独立してEUに再加盟したいスコットランドのニコラ・スタージェン氏との、ワクチンをめぐる駆け引きについて触れました。2021年2月9日現在、イギリスのワクチン接種率は、EU諸国に先行しています。こちらのBBCの記事を見ると、人口100人に対する接種率では、最も高いのがイスラエルの65.8人。次にアラブ首長国連邦の44.6人。どちらも驚異的な数字です。イギリスは三番手で、アメリカの12.8人を抜いて、19.2人がすでに接種済みです。これに続くのが、なんと2009年からEU加盟を申請しているものの認可待ちのセルビアで、8人。その後が、ようやくEU諸国でデンマークの5.8人、スペインの4.5人、イタリアの4.4人、そしてドイツの3.9人となります。
なぜ国によって接種率に開きがあるのでしょうか。まず、イスラエルとアラブ首長国連邦に関して言えば、国の資本力の有利性があると言えそうです。一方、イギリスの善戦の決め手は、昨年の12月2日に、世界に先駆けてファイザー製のワクチンを認可したこと。12月30日にはオックスフォード製も認可し、先手必勝の作戦が功を奏しているようです。これに対して、EUがファイザー製ワクチンを認可したのは12月21日と、出遅れます。イギリスに追いつけ追い越せの勢いであったはずが、EU諸国内で同時に接種を進めていかなければならないという平等主義のため、配布に時間が掛かっているようです。また、ファイザー製は温度管理の難しさや、注文が殺到したための一時的な在庫不足などもあるようです。
危機を感じたEUは、自分たちの配分をまず確保するため、ベルギーに工場があるファイザー製の輸出に制限を掛けようとしました。EU域内で作ったワクチンなのに、諸外国に先に持っていかれては困るからです。1月29日、最初に対象となったのは北アイルランドへの輸出です。背景にはイギリスのEU離脱問題があります。EUの一部であるアイルランドと、イギリスの一部である北アイルランドの間の国境はあってないようなもので、今も自由に行き来ができます。先月のEUとイギリスの合意では、北アイルランドをしばらくEU圏内のルールに据え置くことが確認できました。(そうでないと、国境を隔てる壁が今すぐ必要になります。)ところが、北アイルランドはイギリスの玄関口ですので、EUから見れば外国です。イギリスは、もはやEU圏内のワクチン接種計画に従う必要がないので、どんどん買い付けをしてきた訳ですが、北アイルランドでEUのルールが適用されるのであれば、EU諸国のワクチン接種の同時進行に足並みを揃えて下さい、という訳です。
しかし、イギリス側はこれを了承するわけにはいきません。EUを離脱した今、民間企業のファイザーが顧客であるイギリスに物を売るのを止める権利は、EUにはありません。自由資本主義の原理に反することになり、ジョンソン首相も憂慮の意を示します。一方、世界保健機関WHOはと言うと、自由資本主義国の裕福な国々がワクチンを独り占めして、発展途上国への分配が平等に行われないことを厳しく非難してきました。批判を受けて、EUは翌日にも方針転換し、ファイザー製のワクチンのイギリスへの輸出が続いています。代わりに、これまで安全性の確認に時間を掛けていた、(効き目がファイザー製より若干低い)オックスフォード製のワクチンを認可することで、供給先を確保することにました。これはイギリスにとっても朗報です。近隣のEU諸国で需要がなければ、大量の在庫あまりが出てしまう可能性があったからです。
コロナ問題は、被害が大きかったヨーロッパのみならず世界中の問題であることが、EUと周辺諸国との関係の複雑化の要因といえます。現在、100人当たりのワクチン接種率で世界の5番目に位置するセルビアが、よい例です。先述の通り、セルビアはEU加盟の認可を待っている状況ですので、正式にはEUには所属しません。ワクチン配布を辛抱強く待っていても、順番が回ってくるのはEU圏内の国々のワクチン接種が終わる頃。少なくとも1,2年はかかるでしょう。したがって、歴史的につながりのあるロシア、そして中国からワクチンを独自に買い付けて、接種を進めてきたのです。イギリスとは逆の動きですが、現在、EU圏外にあるという点で似たような状況にあります。
こうした周辺諸国の動きがEU諸国の目に留まり、この二週間ほど、イタリアなど域内の国々からは不平の声が上がっています。EU圏内でも、コロナ感染の被害が大きい地域と、少ない地域があります。また、EUの予算を支える経済活動が盛んな地域と、そうでない地域があります。一国であれば、国内問題として優先順位を決めることができますが、EU全体としてこれらを考慮し、特定の地域や人に優先権を与えると差別にもつながり、すべての人が平等に扱われるという原則を覆すことになります。したがって、全地域での均等にワクチンを配布するという現況となっている訳です。その間、経済活動が停滞するのは間違いなく、イギリスなどワクチン接種を終えた国から順に経済回復ができ、EUが取り残されてしまうという不満は、確かに一理ありと思います。
まとめ
という訳で、この1か月余り、イギリスあるいは世界各地でロックダウンが続く中、表面的には大きな変化がないようにも見えます。しかし、ワクチン接種が世界各国で進むにつれて、コロナ問題が政治的に非常に大きな意味を持ってきました。日本では、比較的被害が少なく抑えられてきたことと、ワクチン接種への安全性を重視する国民性も手伝って、諸外国の争いを横目に、辛抱強く、しかし一歩一歩対策を試みてきたと思います。ただ、オリンピックもあと半年という所まで来ましたので、ワクチンの速やかな接種は、安全のために避けて通れない懸案です。
イギリスの教育に話を戻すと、11月の第二次ロックダウン時には、外出禁止令があったものの、教育の場を開放することを重視した政府の政策のために、小学校から大学まで、対面の授業が続けられてきました。その後、クリスマス商戦も控え、1か月でロックダウンを終えて息抜き期間があった訳ですが、その1か月が再度の感染率の爆発的な上昇につながってしまったという失敗があります。
今回、ワクチン接種が順調に進んでいるイギリスでは、慎重に、着実にコロナ感染を抑えていくつもりのようで、大学経営がたとえ赤字になっても、政府の規制に従わざるを得ない状況です。一つ言えることは、この一年でオンラインでの授業や仕事に対する、ユーザー側の意識が大きく変わったことです。第一次ロックダウンでは、急場しのぎ的な部分があったため、オンライン授業の準備が不十分な面がありました。
例えば、母国に戻ってオンラインの授業を受けた学生は、リアルタイムで対面授業を受ける場合、昼夜の時間帯が全く逆転していたようです。イギリス時間の朝9時から夕方6時までの授業時間は、日本への帰省中であれば夕方6時から深夜の3時まで。これがメキシコ人の学生であれば、深夜の3時から昼の12時まで。しかし、教える教員側の都合でなく、'Customer Experience' を考えた時に、どうにかならないだろうか。録音した授業を後から見るだけでなく、もっと教員と学生、あるいは学生同士がやり取りする場を持つには、どうしたらいいかなどの工夫が求められています。
これは世界中の誰もが感じていることでしょうが、コロナ前とコロナ後では、仕事や日常生活におけるITとの関りが抜本的に変わり、もはや逆戻りできない状況です。オンライン授業の質が向上すれば、大学側としてはキャンパス外の学生を多く募るチャンスともなりますが、逆に一極集中で学生を集められられない大学も増えそうです。また、コロナから身を守るキャンパスづくりに関しても、コロナ後にまた次の疫病が世界を席巻するかもしれず、今回、準備したことが必ず将来、役に立つはずです。ここは傍観者でなく、一人一人が頑張って時代の変化に追いついていかないといけない、そんな重要な局面にあることが、日々のコロナをめぐる騒動から垣間見えてくる気がします。
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